【公開1週間前】なぜ『エリス&トム』は伝説となったのか?ボサノヴァ名盤誕生の衝撃秘話

『エリス&トム―ボサノヴァ名盤誕生秘話―』
原題:Elis & Tom – Só Tinha De Ser Com Você

1974年2月、ロサンゼルス。
ブラジル音楽史、そして世界音楽史に残る名盤『エリス&トム』は、わずか約2週間のレコーディングによって誕生した。
本作『エリス&トム―ボサノヴァ名盤誕生秘話―』(2022年)は、その歴史的瞬間の舞台裏を克明に捉えたドキュメンタリーだ。

監督は、当時エリスのマネージャーでもあったホベルト・ヂ・オリヴェイラと、外交官出身の映画監督ジョム・トブ・アズレイ。
1974年当時に16mmフィルムで撮影された未公開映像は、約半世紀の時を経て4Kリマスター化。
新たなインタビューとともに、ひとつの奇跡がいかにして生まれたのかを現代に蘇らせる。

「ハリケーン」とミニマリストの邂逅

Elis&Tom Só Tinha de Ser Com você


共演したのは、当時28歳の国民的スター、エリス・レジーナと、47歳にしてすでに世界的名声を確立していた作曲家アントニオ・カルロス・ジョビン(トム・ジョビン)。

エリスは「ハリケーン」の異名を持つ、情熱的で爆発的な歌手。
一方のトムは「少ないほど良い」を信条とするミニマリストだった。
「作曲や編曲では鉛筆より消しゴムを多く使う」と語るトムの美学は、静謐で洗練された旋律に宿る。

この対照的な二人の相性は、決して順風満帆ではなかった。
編曲をめぐっては、当時エリスの夫でありアレンジャーを務めたセザル・カマルゴ・マリアーノとの間に緊張が走る。
プロジェクトは一時中断寸前にまで追い込まれた。

しかし、スタジオで共に演奏し、歌を重ねるなかで、音楽が二人を和解へと導く。
やがて生まれたのは、ボサノヴァの金字塔と称されるアルバム『エリス&トム』だった。

スタジオに宿った魔法

Elis&Tom Só Tinha de Ser Com você


本作には、レコーディングに参加した豪華なミュージシャンたちの姿も映し出される。
ギタリストのエリオ・デルミーロ、ドラマーのパウロ・ブラガら、当時のブラジル音楽を支えた名手たち。
そしてロサンゼルスの一流ストリングス隊が加わり、音楽は豊かに広がっていく。

トムはオリジナル譜面を守り抜きながらも、セザルによるエレクトリックギターやフェンダー・ローズの導入を受け入れた。
その結果、アコースティックなボサノヴァに現代的な響きが加わり、時代を超えるサウンドが完成する。

アルバムには「三月の雨(Águas de Março)」「コルコヴァード」「トリスチ」など、今なお歌い継がれる名曲が並ぶ。
抑制と情熱、緊張と敬意。そのせめぎ合いの先に、奇跡のバランスがあった。

歌っているのは声ではない

Elis&Tom Só Tinha de Ser Com você


監督ホベルト・ヂ・オリヴェイラは語る。
トムはエリスの爆発的な才能を制御しようとしたのではない。
彼女のエネルギーを、聴く者の知性に届く形へと導こうとしたのだ、と。

エリスは完璧な声、リズム感、存在感を備えていた。
しかし彼女が求めたのは、単なるスターとしての成功ではなく、自身の限界を超えることだった。
トムのミニマリズムと出会い、エリスは新たな境地に達する。

理想的なタイミングで言葉を置き、必要以上に歌わない。
その瞬間、メロディは魔法のように立ち上がる。

「歌っているのは声ではない」
それは魂であり、人生そのものだった。

時代を越えて響く記録

Elis&Tom Só Tinha de Ser Com você


映画には、レコード業界の重鎮アンドレ・ミダニ、音楽評論家ジョン・パレーリーズ、サックス奏者ウェイン・ショーターらが登場し、このアルバムの歴史的意義を語る。

また、トムの娘ベス・ジョビン、エリスの息子ジョアン・マルセロ・ボスコリら家族の証言も、作品に温度を与える。

軍事政権下のブラジルという時代背景のなかで、二人のトップアーティストが出会い、衝突し、そして融合した記録。それは単なるメイキング映像ではなく、創造の本質に迫るドキュメントである。

作品情報


『エリス&トム―ボサノヴァ名盤誕生秘話―』
原題:Elis & Tom – Só Tinha De Ser Com Você
監督:ホベルト・ヂ・オリヴェイラ、ジョム・トブ・アズレイ
脚本:ホベルト・ヂ・オリヴェイラ、ネルソン・モッタ
2022年/ブラジル/100分/ポルトガル語・英語
©O2 PRODUÇÕES ARTÍSTICAS E CINEMATOGRÁFICAS LTDA.
公式サイト https://www.du-cinema.com/scmv08

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その答えは、言葉では語り尽くせない。
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ぜひ映画館で、目撃してほしい。

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