「ブラジル特報」2025年11月号 (特集)ジョアン・ジルベルト再考より 2025年の〈コルコヴァード〉

ブラジルの政治経済・社会・文化に関する情報を伝えてきた「ブラジル特報」より、記事の転載許可をいただきました。
No.1689 2025年11月号
【特集】ジョアン・ジルベルト再考より
2025年の〈コルコヴァード〉

福嶋伸洋(共立女子大学教授)
映画『黒いオルフェ』とジョアン・ジルベルト

映画『黒いオルフェ』(1959 年)のワンシーン
ジョアン・ジルベルトが、1958年7月10日にリリースされた68回転盤のレコードで初めて聴かせ、現在でも世界中で愛され続けているボサノヴァの、ブラジル音楽としてのイメージを定着させたのは、フランス人のマルセル・カミュ監督の映画『黒いオルフェ』(1959年)だった。
しかし、その映像のなかであまりにも戯画化されたリオデジャネイロのカーニヴァルや、慎ましくも穏やかに陽気に生きるファヴェーラの黒人たちの姿に対しては、ブラジル国内から批判的な声も少なくなかった。
原案となった戯曲『オルフェウ・ダ・コンセイサォン』(1954年)の作者であり、『黒いオルフェ』にもトム・ジョビンとともに曲を提供した詩人ヴィニシウス・ヂ・モライスは、大統領官邸で行われた試写会の途中で席を立ったことが伝えられている。
映画の冒頭、舞台である粗末な家々が立ち並ぶ丘には水道が通っていないようで、女たちが水を汲んだ缶を持って坂道を上ってゆく。
そこで流れるのが、アゴスチーニョ・ドス・サントスが歌うトム&ヴィニシウスの〈フェリシダーヂ(A Felicidade)〉。

Chega de Saudade(想いあふれて)1959 年
A felicidade do pobre parece
A grande ilusão do carnaval
A gente trabalha o ano inteiro
Por um momento de sonho
Pra fazer a fantasia
De rei ou de pirata ou jardineira
E tudo se acabar na quarta-feira
貧しい人たちの幸せは
カーニヴァルの大掛かりな幻
人々は一年間働き詰めて
一瞬の夢のために
衣装を作る
王様の、海賊の、花売りの女の子の
そして水曜日には、すべてが消える。
悲哀のなかに暮らしながらも、年に一度のカーニヴァルの儚い贅沢を生きがいにする人々を歌ったボサノヴァの名曲のひとつである。
この歌には草稿版が存在し、そこには最終的にマルセル・カミュらフランスの製作陣の意向で削除された一節が存在する。
A felicidade é uma coisa louca
Mas tão delicada também
Tem flores e amores
De todas as cores
Tem ninhos de passarinhos
Tudo isto ela tem
E é por ela ser assim tão delicada
Que eu trato sempre dela muito bem
幸せは狂おしいもの
でもとても繊細でもある
あらゆる色の花々と愛がある
小鳥たちの巣がある
幸せにはそれらすべてがある
それほど繊細だから
ぼくは彼女(幸せ)を優しく扱う。
マルセル・カミュは、もっとブラジルらしいもの、カーニヴァルのための準備のことを歌詞に入れるようヴィニシウスに要求し、詩人はそれを渋々受け入れて完成版の形になった。
この意味で、〈フェリシダーヂ〉が描くカーニヴァルは、異国趣味のまなざしに応えるものとなっていると言うこともできる。
このような紆余曲折のある歌詞だが、興味深い事実がある。
ジョアン・ジルベルトが正式にデビューする前に、友人のシコ・ペレイラが、ジョアンの歌とギターを録音した非公式の音源が残されている。
ギターのカッティングは、わたしたちが知るボサノヴァの滑らかさの一歩手前にあって、伝統的なマルシャのリズムを感じさせる部分もあり、ボサノヴァ誕生前夜のジョアンをめぐる貴重な記録となっていると言える。
この録音で、〈フェリシダーヂ〉の歌詞は完成版とほぼ同じだが、一箇所だけ異なるところがある。
本来は「De rei ou de pirata ou jardineira」であるはずのところを、ジョアンは「De príncipe virado ou jardineira」と歌っているのだ。
筆者の知るかぎりでは、他には誰もこの歌詞で録音してはいない。
ここからはあくまでも推測になるが、この幻の歌詞はヴィニシウス本人が、カミュの意向を受けて書き換える途中のものかもしれない。
「変身した王子様」という、グリム童話などのヨーロッパ風の伝承物語を感じさせるモチーフを、どの文化圏にも存在する王様や、大航海時代を連想させる海賊といったモチーフに変えることで、ブラジルらしさを純化させるという、創作の裏側を感じさせる録音である。
〈イパネマの娘(A Garota de Ipanema)〉の共演

(左端)スタン・ゲッツ (左から三人目)トム・ジョビン
(右側)ジョアンとアストラッド
もうひとつ、長らく非公式の音源として出回っていたものに、リオのクラブ〈Au Bom Gourmet(オー・ボン・グルメ)〉における、ジョアンとトムとヴィニシウスによる〈イパネマの娘〉の共演がある。
1962年8月2日の録音で、ペリー・リベイロによるこの歌の初録音の前年である。
そこで三人は、『ゲッツ/ジルベルト』(1964年)などの有名なヴァージョンにはない、トムのピアノ伴奏とともに始まる美しい前歌をいっしょに歌っている。
この前歌も、この時代には他に録音されていないと思う。
João — Tom, e se você fizesse
agora uma canção que possa nos
dizer, contar o que é o amor?
Tom — Olha, Joãozinho, eu não
saberia sem o Vinicius escrever a
poesia.
Vinicius — Para esta canção se
realizar, quem me dera o João
para cantar.
João — Ah, mas quem sou eu?
Melhor se cantássemos os três.
ジョアン―トム、愛が何かをぼくたちに
教えてくれるような歌を作ってくれないかな?
トム―ああ、ジョアンジーニョ、ヴィニシウスが
詩を書いてくれないとできないなあ。
ヴィニシウス―その歌を実現するために、
ジョアンが歌ってくれないかなあ。
ジョアン―ああ、でもぼくなんて大したことないから。
三人で歌うのがいいよ。
この歌のやりとりにおいて、トムからヴィニシウスが詩を書いてくれないとできないなあと話を振られたヴィニシウスが、それならジョアンが歌ってくれないかなあと、ふたたびバトンをジョアンに戻すところで、客席から笑い声が漏れてくる。
それに対し、ジョアンがでもぼくなんて大したことないからと、またバトンを回しそうになったところで客席の笑い声は大きくなり、ジョアンが三人で歌うのがいいよという提案をすると、大きな拍手が起こる。
ヴィニシウスはこのとき外交官で、ステージに上がることを外務省(イタマラチー)から許可されたが、ギャラを受け取らないという条件下でだった。
ボサノヴァの作曲家トム、詩人ヴィニシウス、そしてギタリスト・歌手ジョアンがリオの小さなクラブに揃い踏みし、たがいへの敬意、友愛を表明し合い、観客の温かい笑いと拍手に包まれて、のちに彼らにとって最大のヒット曲になる歌を歌う。
一年と十ヶ月後には軍部によるクーデタが起こってブラジルの世相は一変し、愛と微笑みと花の音楽の時代は断ち切られることになるが、まだ誰もそれを予感していなかったこの夜に、ボサノヴァにとっての至福の瞬間があったのかもしれない。
東京のとある駅前のカフェで

Getz/Gilberto(1964 年)
今年、ウォルター・サレス監督が、軍政時代にリオデジャネイロで起こった弾圧を描いた映画『アイム・スティル・ヒア(Ainda Estou Aqui)』(2024年)が日本でも公開された。
1971年に反政府的な活動をしたとして弾圧の標的になり、失踪したルーベンス・パイヴァと、残された家族の物語を描いたノンフィクションである。
軍事政権は逮捕の事実さえ認めず、ひそかにパイヴァを殺害したが、死亡証明書が発行されたのは死亡から二十三年後のこと、軍政が終わってから九年後のことだった。
軍事政権による犯罪行為はなおもすべて明らかになっていないし、明らかになっても刑が執行されていないものも多いという。
ボサノヴァを終わらせた暗黒時代の治安維持法がある世界の現実を体感させるような映画だったが、日本ではブラジルの軍政のことは依然として知られていない。
日本の戦後政治と同様に、その裏にアメリカの反共の思惑と暗躍が潜んでいたことも。
八月の終わりのある日の午前、東京のとある駅前のカフェで、筆者は、リオデジャネイロのファヴェーラを舞台にした、ジョヴァーニ・マルチンスという作家の短篇集『太陽に撃ち抜かれて(O Sol na cabeça)』(2018年)の翻訳原稿を見直していた。
来年には刊行できるのではないかと思う。
ふと気づくと店内に、スタン・ゲッツのサックスの音が、トムのピアノの音が、そしてジョアンが、
Quero a vida sempre assim
Com você perto de mim
Até o apagar da velha chama
E eu que era triste
Discrente desse mundo
Ao encontra você eu conheci
O que é felicidade, meu amor
ずっとこんな人生がいい
きみがそばにいる
古い炎が消えるまで
悲しみに浸って
この世界を信じていなかったぼくが
きみに出会って知った
幸せが何かを、大切な人
と歌う〈コルコヴァード(Corcovado)〉が流れている。
21世紀の4分の1が過ぎようとしていて、刻一刻と不確かさと不穏さを増しているように思える世界で、60年以上前に録音された曲がいまだに、ブラジルから遠く離れた場所でも、優しく心を癒す響きを持っている。
ジョアン・ジルベルトが創り出した音楽世界は、その後に続くブラジルの音楽家たちに大きな影響を与えただけでなく、世界中の人の耳を変えたのではないだろうか。
ボサノヴァは今でも、ブラジルに暗黒の時代が存在したことなどなかったかのように、幸福の音楽であり続けている。
それはボサノヴァにとって、不幸なことなのかもしれないし、幸福なことなのかもしれない。
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