【特集】Z世代のボサノヴィスタたち Vol.2 Analu Sampaio
「私は5、6歳の頃からステージで歌うことがいつも楽しくて、それは今も変わらない。歌いたいという気持ちは自分から湧き出てくるものだと思うから、人の評価やプレッシャーはあまり感じたことがないの」
そう語るのは今年16歳になるアナルー・サンパイオだ。
彼女はバイーア州ビトリア・ダ・コンキスタで生まれ幼少期からボサノヴァとMPBに触れ、5歳の時にsbt Brasl放送の『Programa Raul Gil』で「Águas de Março(三月の雨)」を披露し人気を博した。
この番組で付いた “ミニ・エリス・レジーナ “という愛称を背負い4年間MPBの曲を歌い続けた彼女は10歳になる頃には、すでにトッキーニョやイヴッェチ・サンガロといった多くの有名ミュージシャンとの共演経験があった。
2020年、 11歳の時にTVグローボの『ザ・ヴォイス・キッズ』に出場。このリアリティ番組で
「Madalena」や 「Garota de Ipanema(イパネマの娘)」などのブラジル音楽の名曲に自分なりの魅力を加えて表現するというスタイルが審査員の心をつかんだ。
後に「Madalena」の作曲家イヴァン・リンスとイヴァン作詞作曲の「Renata Maria」を一緒にレコーディングしている。
この頃からアナルーはこのジャンルの新世代の有望株として認知されはじめた。
幼少期から彼女のかたわらでいつも支えてきたホベルト・メネスカルによれば
「アナルーという存在が近年、芸術の分野で起こったことの中で、最高で最強の出来事のひとつ」だという。
2024年にリリースされた1stアルバムは、サンバ、ボサノヴァ、MPB、ジャズの間を行き来する11曲のオリジナル・トラック(アナルー自身による作曲)で構成されており、第25回ラテン・グラミー賞の最優秀レコーディング・エンジニアリング・アルバム部門にノミネートまでされた(受賞は惜しくも逃してしまった。受賞したのはJota.Pêの「Se o Meu Peito Fosse o Mundo」だった)。
ファースト・アルバムがラテン・グラミー賞の最優秀アルバム・プロダクション・エンジニアリング部門にノミネートされたという報を授業中に受けたというアナルーは
「マネジャーのフェリペ・シマスが教えてくれたの。期待してはいたけど、確信はなかった。ノミネートを知ったときは、ただ泣くことしかできなかった。16歳にして初めてのアルバム。ノミネートされただけでも大きな成果」と彼女は言う。
「MPBは滅びつつある、あるいは消えつつあるという声をよく耳にするけど、そんなことはない。需要がやや限られているのは確かだけど…今日メディアに取り上げられている音楽がMPBではないからといって居場所を失ったわけではない。MPBがより多くの聴衆に再発見してもらえるかはアーティストの頑張りが鍵だと思う」と語る。
そして現在、アナルーの2025年の大きなプロジェクトのひとつに「アナルー・シングス・エリス・レジーナ・ツアー」がある。
「エリスは来年80歳になる。彼女に因んだボサ・ノヴァのアルバムも計画中です。10年後には、ジャズクラブで歌い、サックスやトランペットなどの管楽器を学び、音楽で生活し、家族を持っていたい。ブラジルを離れるのではなく、ここにとどまり音楽を探求したい」
かつて “ミニ・エリス・レジーナ “と呼ばれたアナルー・サンパイオは10年の時を経て、どのような解釈でエリスを聴かせてくれるだろうか。
ブラジリアンデージャパン群馬
2025年4月26日(土)27日(日)
太田市運動場公園