海を越えて歌う——松田美緒、ジャンルにも国境にも縛られない現在地
ペルーの海辺から届いた声は穏やかで、しかし揺るがない芯を持っていた。
再上映された映画『ぺルティフィカンド』にもご出演している松田美緒さん。
今回のインタビューではアフロのリズム、ご両親の影響、秋田の雪景色、ジャンルにも国境にも縛られない現在地を語ってもらった。

20年前の自分
松田さん: 「メイン」というふうに決めたことは、実は一度もないくて1枚目のアルバムから、ジャンルを固定したくなかったというのがあります。
『アトランティカ』という作品では、ポルトガルのファド、ブラジル、カーボべルデ(アフリカ)の音楽など、「海」をテーマに制作しました。
そういう意味では、スタンスは今もまったく変わっていません。
もちろんブラジルはとても大切な存在ですし、深く掘り下げてきました。
でも、サンバだけ、ボサノヴァだけ、というようなやり方ではない。
人類のさまざまな表現がつながっていると感じているんです。
日本の歌を掘り起こしたこともあるし、ギリシャで録音もしました。
今は「クレオール」をテーマに、ペルーでアフロ・ペルー音楽の巨匠と一緒に音楽をしています。
自分で現地に入り、自分の身体で体験し、そこで音楽を取り込み、現地の人と一緒にやる。
そこはずっと変わりません。
すべて“本物”でやりたいと思っています。

近年はペルーの音楽の巨匠サンティアゴ・ココ・リナーレスと活動をともにしている

歌うということ——「嘘がつけない表現」
だから私は、歌うことで自分が自分になれると思っています。
子どもの頃から、歌うことは生きることと同じでとても自然なことでした。
言語やルーツが違っても、歌えば疑いようがない魂が見える。
だから世界中どこへ行ってもそうやって歌ってきましたし、今も歌っています。
私は歌を“ネセシダーヂ(Necessidade=必要不可欠なもの)”だと思っています、生きるために必要なものですね。
ブラジルの音楽や詩は本当に素晴らしいし、今いるペルーでも、チャブカ・グランダのような素晴らしい女性詩人がいて彼女の作品を歌っています。そういう詩を味わいながら歌うと、こちらの人たちはすぐに捉えてくれる、音楽や言葉へのリスペクトがあるんですね。
私はあまり頭で考えていません。ただ、自分の歌を歌うだけ。歌詞をどう解釈するか、その詩と自分の人生がどう関わるか――それがそのまま歌に出てきます。それを毎回、確実にやっている、それだけです。
アフロのリズムと南米の響き合い
カーボヴェルデの音楽をアフロ・ペルーのリズムで演奏したりもします。
通奏低音、そしてシンコペーション。これは南米音楽の要(かなめ)ですね、なくてはならないものです。
音楽教育とファドとの出会い
ファドに出会ったのは18歳、まだ京都の大学生のときです。
ポルトガル語を学ぼうと思ってレコードを買い、その中でアマリア・ロドリゲスのファドを聴いて衝撃を受けました。
大学ではバンドを組み、ポルトガル語で歌っていましたね、最初はほとんど独学です。
父の影響とラテン文化
子どもの頃はイタリア語を教えてくれました。
ラテン文化の温かさ、家族や食事を大切にすること、ワインの作法――そういったものも父から学びました。
両親とも歴史が好きで、古代ギリシャやローマの話をよくしていましたね。
秋田県の自然と「自由」への渇望
寒くて大変でしたけど、自然は本当に美しかった。
子どもの頃、いつも自然の中で歌っていました。
自然の音を聞いて、それに合う声を出す。
自然と自分の声が交わる感覚、それが始まりです。
だから私は「自由」が一番大事。
ジャンルにも、場所にも縛られたくない(笑)決めつけられるのが嫌なんです。
伝わるとき、伝わらないとき
南米では、地域やルーツによって聴く音楽が大きく違います。
ペルーでも、アンデス系の音楽を聴く人、都市部のクリオージョ音楽を聴く人、それぞれまったく違う。
日本ではブラジル音楽を聴く人は少ないけれど、ブラジルでも必ずしもサンバばかり聴いているわけではない。
セルタネージョやクンビアなど、大衆音楽が大人気です。
音楽は常に、その土地の生活と結びついています。
レシフェのカーニバルにも3回行きました。今ちょうどカーニバルの時期なので、思い出して少し感傷に浸っていました。
デリーリオ、陶酔、あの熱狂、あの没入感、身体ごと音楽に投じる感覚は忘れられません。
「伝えよう」としない。信じ、委ねるだけ。

昨日、ペルーのテレビ番組に出演したんです。
プレゼンターの方が本当に素晴らしい感性の持ち主で、一瞬歌っただけで「100」くらい伝わったんですよ。
そして、それを見事に言語化してくれた。
「あなたによってこの歌の本当の意味がわかった」と言ってくれて。その歌はチャブーカ・グランダという女性詩人の作品なんですが、私のインタープリテーションを聴いて、「チャブーカはこう思って書いたんだろう」と感じ取ってくれました。ああ、すごい感性だなと思いました。
だから基本的には信じるしかない、私はお客さんに委ねています。説教されて嬉しい人なんていないでしょう?私はただ、自分に見えている世界が、お客さんにも見えていると信じているだけなんです。何かを“伝えよう”とは、あまり思っていないんです。

ペルーのテレビ番組「Noche de Luna」出演時の広告
ペルーのテレビ番組「Noche de Luna」松田美緒 出演回①
ペルーのテレビ番組「Noche de Luna」松田美緒 出演回②
来日経験もあるペルーの人気音楽家ルーチョ・ケケサナのチャンネルにも出演
音楽の好みは「国」よりも「ルーツ」でわかれる
例えばペルーでも、アンデス系の人たちはアンデス音楽ばかり聴く。でもリマの都市部、クリオージョ文化の人たちはそれを「ダサい」と言って聴かない、全然違うんです。
国というより、地域や民族的ルーツによってわかれる、そこが面白いですね。
日本ではブラジル音楽を聴く人は少ないですよね。
でもブラジルに行っても、みんながサンバを聴いているわけじゃない、セルタネージョ(ブラジルのカントリー系音楽)が大人気だったりする。
ペルーではクンビアが大音量で流れているし(笑)。どこもそうなんです。現実はもっと雑多で、生々しい。
大学生時代、滋賀のブラジルコミュニティへ
シュハスカリアで食べて、カラオケでクララ・ヌネスを歌って、日系のおじさんが演歌を歌って(笑)。
日本にいながら、すでに海外を体感していました。
ブラジルの若者たちとも遊んだし、カポエイラをやっている人もいたりして、当時の生活は本当に濃かったですね。
レシフェのカーニバルに3回行っているので、懐かしくてちょっと泣きそうでした。
あの“デリリオ(恍惚・陶酔)”の時間。フレーヴォの隊列がやってきて、みんな踊り狂う。
あの没入感、熱狂、あれは特別ですね。
今いるペルーのカーニバルはまた全然違います、アンデス色が強いし、先住民文化の存在感が大きい。それもまた面白いですけどね。
南米に惹かれる理由
そこにもともとの先住民の文化、そしてヨーロッパの文化が混ざり合う、そのカオスがとても良いです。
シンコペーションの奥に、歴史と記憶がある。そして圧倒的な自然、食べ物も本当に美味しい。
ペルーのおすすめ料理
セビーチェは有名ですが、鶏の丸焼きも最高です。
ニンニクが染み込んでいて、ソースが美味しい。
酸味と辛味のバランスが絶妙なんです。

セビーチェ
Photo:O-DAN
若い世代へ——「言語は人格を増やす」

ペルー国立劇場でのコンサート
父に「外国語ができれば世界中どこでも生きていける」と言われましたが、本当にそうでした。
外国語を話すのは当たり前、くらいに思っていてほしい。
言語を学ぶと、自分の中に新しい人格が生まれるんです。日本語だけに留まらないで、新しい自分を作っていってください。
いろんな文化の中で、自由になってほしい。表現の自由を手に入れてほしい。
そして――
もっと楽しく、とことん遊んでください。遊んでなんぼ。そこから学びがあるんです。

自由の先で得た音楽の仲間たちと

アーティスト情報

[松田美緒:Mio Matsuda]
20代初め、ポルトガルでファド歌手としてキャリアをスタート、2005年にリオデジャネイロで録音、ポルトガル語圏の海の物語を歌った『アトランティカ』でビクターよりデビュー。以来、ポルトガル語やスペイン語など6カ国語を操りながら、南米やヨーロッパで世界の著名ミュージシャンとコラボレーションを行い、国内外で多数のアルバムを発表。すべての境を越えながら、土地、時間、人を結び、その歌声には彼女が旅した世界中の土地の魂が宿っている。
2012年より、海外移民も含め、知られざる日本の歌を掘り起こす活動も行い、2014年にCDブック『クレオール・ニッポン うたの記憶を旅する』を発表。高い反響を呼び、文藝春秋『日本を代表する女性120人』に選ばれる。日本テレビ系列『NNNドキュメント』でその活動を追った番組2作が放映され、1作目は坂田記念ドキュメンタリー賞グランプリ、2作目はギャラクシー賞を受賞。2018年には大分県内の民謡を掘り起こした『おおいたの歌』をリリース。2021年南米音楽のレジェンドで19年度ラテングラミー生涯功労賞を受賞したウーゴ・ファトルーソの完全プロデュースによる全曲スペイン語のアルバム『LA SELVA』をリリース、22年には須永辰緒のレーベルよりアナログ盤がリリースされた。
21年から3年間に渡って、映画監督の古木洋平とともに、クオリティの高い映像シリーズ”Through the Window”で世界中のミュージシャンとコラボレーションを行った。ドキュメンタリー映画『銀鏡』のエンディングを歌唱。佐賀女子短期大学客員教授。25年、サンスクリット語の仏教真言を歌唱し、立川武蔵著「真言を歌う」書籍+CDとして発表。大阪万博のブラジルパビリオンの開会式でブラジル国歌を歌唱。夏にブラジル、ウルグアイ、ペルーを松田美緒トリオでツアーし、ウーゴ・ファトルーソなどと再演。南米と日本の音楽を融合させたコンサートを行い、大きな反響を呼ぶ。
【おすすめ書籍情報】
2014/12/15発売
クレオール・ニッポン
──うたの記憶を旅する[CDブック]
松田美緒 (著) / 渡辺亮 (イラスト)
日本の多様な原風景を探し求めて、
祖谷、伊王島、小笠原からブラジル、ハワイへ。
うたをめぐる壮大な旅が、いま始まる!

