【独占取材】ボサノヴァの巨匠ホベルト・メネスカル×KEIKO OMATA対談|日本公演と次世代への思い
Contents
- 0.1 メネスカル:ジャズは今でも好きだし、なかでもバニー・ケッセルが大好きだよ。
- 0.2 メネスカル:アルバトロスは島の中にあるスタジオだから行くのに船に乗らなきゃいけないんだけど、船の維持費がかかるからね。 だから今は別のスタジオを2つ3つ使って録音作業を行っているよ。 自分のスタジオの方が大きいんだけど、友達のコンパクトなスタジオでみんなで一緒に録音するのもいいね。 曲によっては、そういう録音の仕方をしているかな。
- 0.3 メネスカル:レイラとはもう長い付き合いだね。 そうだ、レイラと最初に出会った時の面白い話をしてあげよう。 あれは、僕が病気で寝込んでいた時だった。 たまたまテレビを付けたら、レイラがテレビの素人発掘の歌番組で歌っていたんだ。
- 0.4 それで彼女の歌をとても気に入って、その2日後には彼女に直接会って契約を交わしていたよ。 そんなある日、日本のレコード会社から連絡がきた。 「ボサノヴァが誕生してもうすぐ30周年になります。ご存じでしたか?」 そう尋ねられて、ボクは言った。 「考えたこともなかったよ。」 それで、 向こうは「ボサノヴァ30周年記念アルバムを作りたい」と言い出した。 それも新人歌手でやってみたいと言ってきたんだ。
- 0.5 ちょうどレイラのアルバムの企画をしていた時期だったから、レイラにこのアルバムの仕事を頼みたいと相談してみた。 レイラは「私がボサノヴァを歌うの?私の音楽はボサノヴァじゃないけど…」 僕は「君なら歌える」といって説得し、CDを作ることに成功した。 それが「Benção Bossa Nova(ベンサァオン・ボサ・ノヴァ)(邦題:ヴォセ)」というレイラ・ピニェイロのCDだ。
- 0.6 日本のプロデューサーはレイラのCDをとても気に入ってくれたよ。 その後、1986年に彼女と一緒に日本に行ったんだ。 レイラは日本でのショーについてびっくりした様子だった。 というのも用意されていたバックバンドが僕以外みんな日本人のメンバーだったからね。 初めのうちレイラは緊張して硬くなっていて、でも演奏が始まると彼女もプロだね、歌いだしたんだ。 すると、レイラは気がついた。 「アルバムと全く同じように演奏してくれてる!」と、 とても驚いていたよ。 「まあ、日本人はそうだよ」 と僕は答えた。 2、3曲を通してみて、もうリハーサルの必要はないと判断したよ。
- 0.7 メネスカル:ホーザ・マリアの話をしようか。 その時も同じでテレビを観ていたら、見たことのない女性歌手が出てきた。 次の瞬間、彼女の歌にすっかり圧倒されてね、すぐさま車に飛び乗ってテレビ局に向かったよ。 そして、スタジオの脇で出待ちをして彼女に会ったんだ。 「君と録音したいんだ」と伝えた。 それで彼女のアルバムを僕が作ることになったんだ。 「Rosa in Blues(ホーザ・イン・ブルース)」っていう名前の作品さ。 彼女の名前にちなんでね。
- 0.8 メネスカル:まずアナルゥだね、彼女はまだ17歳だけど、既に20回以上ブラジルでショーをやった実績を持っている。 僕は今年の1月にアナルゥとー緒にコンサートをしたよ。 アナルウはいま、国民的歌手として知られるエリス・レジーナのレパートリーを歌うコンサートをやっているんだけど、それを若い人たちが観てくれているという事実にとても興奮しているんだ。 あと彼女はよくギターを弾き歌っているビデオを送ってくれるんだけど、たまに変顔したりしてね(笑)。 彼女の魅力的な特徴だね。 ビジュアルを使って人を引き寄せるというのかな。 自分にはよく分からないけど、インスタやYouTubeを利用したり、様々なプラットフォームを利用して発信しているよね。 これから間違いなくアナルゥ・サンパイオの時代がくるよ。
- 0.9 メネスカル:マジュね、歌が上手だ。まだ彼女は9歳だけどね。 他に今気になっているアーティストといえば、男の子でギターが何たるかを既に知っている。 ウィル・サントという名前だよ。 彼はジョアン・ジルベルトに似ているね。 すごくいいよ。
- 0.10 メネスカル:いい質問だね。 どのインタビューでも、同じ質問をされがちなんだけど「あの頃が懐かしい?昔はよかった?」とかなんとか。 もちろん、昔のことはとてもいい思い出だよ。 だげど、僕はむしろ未来が恋しいと言うんだ。 なぜなら、未来はどんどんやってくるからね。 今までやってきたことは全部好きだし、たまに懐かしく思うこともあるけど、それ以上に「今」の方に焦がれている感じだね。 例えばサウダーヂを感じる曲が今日、若い人たちの手によってどんどん生み出され続けている。 僕は僕なりにやっているつもりで、それは昔から変わらないんだけど、若い世代の彼らが当時のすべてを理解しているわけではないからね。 時には、たとえばMCの時とか、いろんな局面で彼らに少しくらいは手助けできると思うんだ。 それとコンサートについても、若い世代の人たちと一緒にいつまでも演奏し続けていたいね。
- 0.11 メネスカル:そうだね、今回のブルーノート東京に連れてきたテオ・ビアウも非常に素晴らしいミュージシャンだよ。 僕と共作したデジタル配信中の「Brisa Que Mora No Mar(ブリーザ・キ・モーラ・ノ・マール)」や今年の6月にリオとサンパウロで開催したシコ・ブアルキのトリビュートショーは本当に素晴らしかったよ。 例えば、往年の名曲「Apesar de você(アペザール・ヂ・ヴォセ)」なんかは観客みんな一丸となって歌っていたほどだ。
- 0.12 メネスカル:ああ、1971年の「Construção(コンストゥルサァオン)」だよね。
- 0.13 シコとは一緒に曲を作ったこともあるよ。 今日のブルーノートでも演奏した「Bye bye Brasil(バイ・バイ・ブラジル)」をね。
- 0.14 今回はオリジナルとは違って、もっとモダンな感じのアレンジなんだ。 日本の観客が手拍子しやすいようにしてみたよ。 そんな感じでいつまでも若い世代と一緒に今の音楽をやっていきたいと思っているんだ。
- 0.15 メネスカル:クリス・デランノ※2と一緒に録音したばかりの『B面のボサノヴァ』という題名のアルバムをリリースする予定があるよ。 「イパネマの娘」のような有名なボサノヴァじゃなくて、詳しい人なら知っているかもしれないけど、あまり知られていないようなボサノヴァを中心にね。 多分、君は知ってるかもしれないけど、ジョニー・アルフとか「ボサノヴァ」といわれる時代より少し前の作品とか。 そんなみんながすごく知ってるような曲じゃないものをあえて集めてみたんだ。 例えば、カルロス・リラの曲だと「E era Copacabana(イ・エラ・コパカバーナ)」とかね。
- 0.16 あと別件で、今ドキュメンタリーを撮影しているよ。 ブラジルから撮影スタッフが同行しているんだ。 今日もブルーノートで2曲収録する予定だ。 完成した作品を見るまでどうなるか全くわからない、だからこそ今からとても楽しみなんだ。
- 1 アーティスト情報
13年ぶりの来日となるボサノヴァの創始者の一人ホベルト・メネスカル
今回はそんなメネスカルさんとブラジルで直接交流があり、同じステージで共演経験もある日本人女性歌手のKEIKO OMATA(以下、OMATA)さんと対談を行いました
OMATA:前回の来日から13年ぶりですね。初めてお会いしたのが確か、コンサートの控え室でメネスカルさんがバニー・ケッセルの曲を弾かれていて、それがとても印象に残っています。昔からジャズがお好きなんですよね。
メネスカル:ジャズは今でも好きだし、なかでもバニー・ケッセルが大好きだよ。
OMATA:2011年にリオで東北大震災オメナージェンのコンサートをした時は、私がそのエピソードを覚えていたので、メネスカルさんにリクエストして「Someone to watch over me(サムワン・トゥー・ウォッチ・オーバー・ミー)」をご一緒に演奏してくださいましたね。
実はコロナの直前にメネスカルさんのスタジオ、アルバトロスでレコーディングをするお話があってブラジルに行く予定だったのですが、ちょうどコロナで飛行機が欠航となってしまい流れてしまってとても残念でした。
そういえばアルバトロスのスタジオは今もおかわりありませんか?

実はコロナの直前にメネスカルさんのスタジオ、アルバトロスでレコーディングをするお話があってブラジルに行く予定だったのですが、ちょうどコロナで飛行機が欠航となってしまい流れてしまってとても残念でした。
そういえばアルバトロスのスタジオは今もおかわりありませんか?
メネスカル:アルバトロスは島の中にあるスタジオだから行くのに船に乗らなきゃいけないんだけど、船の維持費がかかるからね。
だから今は別のスタジオを2つ3つ使って録音作業を行っているよ。
自分のスタジオの方が大きいんだけど、友達のコンパクトなスタジオでみんなで一緒に録音するのもいいね。
曲によっては、そういう録音の仕方をしているかな。
OMATA:前回の来日(2012年)の時に一緒に来日されたレイラ・ピニェイロさんとの出会いについてお聞きかせください
メネスカル:レイラとはもう長い付き合いだね。
そうだ、レイラと最初に出会った時の面白い話をしてあげよう。
あれは、僕が病気で寝込んでいた時だった。
たまたまテレビを付けたら、レイラがテレビの素人発掘の歌番組で歌っていたんだ。
それで彼女の歌をとても気に入って、その2日後には彼女に直接会って契約を交わしていたよ。
そんなある日、日本のレコード会社から連絡がきた。
「ボサノヴァが誕生してもうすぐ30周年になります。ご存じでしたか?」
そう尋ねられて、ボクは言った。
「考えたこともなかったよ。」
それで、
向こうは「ボサノヴァ30周年記念アルバムを作りたい」と言い出した。
それも新人歌手でやってみたいと言ってきたんだ。
ちょうどレイラのアルバムの企画をしていた時期だったから、レイラにこのアルバムの仕事を頼みたいと相談してみた。
レイラは「私がボサノヴァを歌うの?私の音楽はボサノヴァじゃないけど…」
僕は「君なら歌える」といって説得し、CDを作ることに成功した。
それが「Benção Bossa Nova(ベンサァオン・ボサ・ノヴァ)(邦題:ヴォセ)」というレイラ・ピニェイロのCDだ。
日本のプロデューサーはレイラのCDをとても気に入ってくれたよ。
その後、1986年に彼女と一緒に日本に行ったんだ。
レイラは日本でのショーについてびっくりした様子だった。
というのも用意されていたバックバンドが僕以外みんな日本人のメンバーだったからね。
初めのうちレイラは緊張して硬くなっていて、でも演奏が始まると彼女もプロだね、歌いだしたんだ。
すると、レイラは気がついた。
「アルバムと全く同じように演奏してくれてる!」と、
とても驚いていたよ。
「まあ、日本人はそうだよ」
と僕は答えた。
2、3曲を通してみて、もうリハーサルの必要はないと判断したよ。
OMATA:メネスカルさんはレイラさん以外にもジジ・ポッシやオズワルド・モンテネグロといった多くの歌手を見出してたくさんのコラボレーションをされていますね。他にはどんな歌手を発掘されました?
メネスカル:ホーザ・マリアの話をしようか。
その時も同じでテレビを観ていたら、見たことのない女性歌手が出てきた。
次の瞬間、彼女の歌にすっかり圧倒されてね、すぐさま車に飛び乗ってテレビ局に向かったよ。
そして、スタジオの脇で出待ちをして彼女に会ったんだ。
「君と録音したいんだ」と伝えた。
それで彼女のアルバムを僕が作ることになったんだ。
「Rosa in Blues(ホーザ・イン・ブルース)」っていう名前の作品さ。
彼女の名前にちなんでね。
OMATA:私は、あなたが取り上げた他のアーティストの作品やあなたが作った曲がとても好きなんです。
若い人達ともよく演奏されていますよね?
メネスカル:まずアナルゥだね、彼女はまだ17歳だけど、既に20回以上ブラジルでショーをやった実績を持っている。
僕は今年の1月にアナルゥとー緒にコンサートをしたよ。
アナルウはいま、国民的歌手として知られるエリス・レジーナのレパートリーを歌うコンサートをやっているんだけど、それを若い人たちが観てくれているという事実にとても興奮しているんだ。
あと彼女はよくギターを弾き歌っているビデオを送ってくれるんだけど、たまに変顔したりしてね(笑)。
彼女の魅力的な特徴だね。
ビジュアルを使って人を引き寄せるというのかな。
自分にはよく分からないけど、インスタやYouTubeを利用したり、様々なプラットフォームを利用して発信しているよね。
これから間違いなくアナルゥ・サンパイオの時代がくるよ。
OMATA:お孫さんのマジュちゃんもアーティスト候補に上がっているとか。
メネスカル:マジュね、歌が上手だ。まだ彼女は9歳だけどね。
他に今気になっているアーティストといえば、男の子でギターが何たるかを既に知っている。
ウィル・サントという名前だよ。
彼はジョアン・ジルベルトに似ているね。
すごくいいよ。
OMATA:新しい世代と一緒に新しい音楽を作っていて何か感じることはありますか?
メネスカル:いい質問だね。
どのインタビューでも、同じ質問をされがちなんだけど「あの頃が懐かしい?昔はよかった?」とかなんとか。
もちろん、昔のことはとてもいい思い出だよ。
だげど、僕はむしろ未来が恋しいと言うんだ。
なぜなら、未来はどんどんやってくるからね。
今までやってきたことは全部好きだし、たまに懐かしく思うこともあるけど、それ以上に「今」の方に焦がれている感じだね。
例えばサウダーヂを感じる曲が今日、若い人たちの手によってどんどん生み出され続けている。
僕は僕なりにやっているつもりで、それは昔から変わらないんだけど、若い世代の彼らが当時のすべてを理解しているわけではないからね。
時には、たとえばMCの時とか、いろんな局面で彼らに少しくらいは手助けできると思うんだ。
それとコンサートについても、若い世代の人たちと一緒にいつまでも演奏し続けていたいね。
OMATA:つまりメネスカルさんもご自身の音楽を今まさにやっているという感じでしょうか
メネスカル:そうだね、今回のブルーノート東京に連れてきたテオ・ビアウも非常に素晴らしいミュージシャンだよ。
僕と共作したデジタル配信中の「Brisa Que Mora No Mar(ブリーザ・キ・モーラ・ノ・マール)」や今年の6月にリオとサンパウロで開催したシコ・ブアルキのトリビュートショーは本当に素晴らしかったよ。
例えば、往年の名曲「Apesar de você(アペザール・ヂ・ヴォセ)」なんかは観客みんな一丸となって歌っていたほどだ。
OMATA:そういえばメネスカルさんはシコ・ブアルキの作品をプロデュースされていたことがありましたね
メネスカル:ああ、1971年の「Construção(コンストゥルサァオン)」だよね。
シコとは一緒に曲を作ったこともあるよ。
今日のブルーノートでも演奏した「Bye bye Brasil(バイ・バイ・ブラジル)」をね。
今回はオリジナルとは違って、もっとモダンな感じのアレンジなんだ。
日本の観客が手拍子しやすいようにしてみたよ。
そんな感じでいつまでも若い世代と一緒に今の音楽をやっていきたいと思っているんだ。
OMATA:最後にメネスカルさんの今後の活動のご予定を教えてください
メネスカル:クリス・デランノ※2と一緒に録音したばかりの『B面のボサノヴァ』という題名のアルバムをリリースする予定があるよ。
「イパネマの娘」のような有名なボサノヴァじゃなくて、詳しい人なら知っているかもしれないけど、あまり知られていないようなボサノヴァを中心にね。
多分、君は知ってるかもしれないけど、ジョニー・アルフとか「ボサノヴァ」といわれる時代より少し前の作品とか。
そんなみんながすごく知ってるような曲じゃないものをあえて集めてみたんだ。
例えば、カルロス・リラの曲だと「E era Copacabana(イ・エラ・コパカバーナ)」とかね。
あと別件で、今ドキュメンタリーを撮影しているよ。
ブラジルから撮影スタッフが同行しているんだ。
今日もブルーノートで2曲収録する予定だ。
完成した作品を見るまでどうなるか全くわからない、だからこそ今からとても楽しみなんだ。
OMATA:残念ながらお時間になってしまいました。
今日はありがとうございました
またお会いできることを楽しみにしております。
※1.「Someone to Watch Over Me(サムワン・トゥ・ウォッチ・オーバー・ミー)」 は、ジョージ・ガーシュウィンが作曲し、アイラ・ガーシュウィンが作詞した、1926年の楽曲。ミュージカル『オー・ケイ (Oh, Kay!)』の中で、歌手ガートルード・ローレンスが歌うために書かれた作品。
※2.ホベルト・メネスカルの秘蔵っ子として、昨今のボッサ新録の先駆け的実力派。
アーティスト情報
ROBERTO MENESCAL/ホベルト・メネスカル
ブラジルが誇るレジェンド・ギタリスト/作曲家/プロデューサー
1937年生まれのメネスカルは、ジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビンらとともにボサノヴァ黎明期を支え「小舟」「リオ」など多数のヒット曲を送り出すなど、まさにボサノヴァの生き証人
インタビュー:2025.7.25
聞き手:KEIKO OMATA
協 力:Blue Note Tokyo
取材、写真、編集:Brasilcom-S.com