ブラジル音楽ショーロ完全ガイド:第1回「ショーロ前史」

はじめに

「第0回 イントロダクション」では本連載のコンセプトを示しました。
今回は「ショーロ前史」と題して、「ショーロのルーツ」とされている音楽を紹介していきたいと思います(前回の記事の終わりには「ショーロの基礎的な情報と黎明期のお話」をすると書きましたが、若干変更しました!すみません!)。
ショーロは1870年代のリオ・デ・ジャネイロ(以下リオと表記)において生まれたとされているので、それよりも少し前の同地域における音楽について話していくことになります。

画像①出典:Geoff Hunt, ‘Arrival of the Portuguese Royal Family, Rio de Janeiro – March, 7th 1808’, Wikimedia Communs, CC BY-SA 2.0

19世紀初頭、ブラジルはポルトガルの植民地でした。
その状況に大きな変化を起こしたのがポルトガル王室の亡命です。
1808年、ナポレオンの侵攻を恐れたポルトガル王室はリオに移り、亡命政府を立ち上げました。
この事件はブラジルの近代化を促しました。
リオの港は国際的に開放され、たくさんの外国文化が入ってくるようになり、都市のインフラも整備されていきます。
そして、1822年にはポルトガルからの分離独立を果たします。
後のショーロへとつながっていく音楽的な土壌はこのような社会状況の中で形成されました。
ここからショーロのルーツとされる音楽ジャンルを三つのグループに分けて紹介します。

1. 「19世紀以前から続く音楽」:モヂーニャ、ルンドゥー

第一のグループはモヂーニャとルンドゥーです。
モヂーニャは18世紀終盤にドミンゴス・カルダス・バルボーザ(1740-1800)によって広められたとされる、西洋の歌曲の伝統を持った音楽です。
貴族のサロンだけでなく、民衆的な空間においても流行しました。
一方、ルンドゥーはアフリカ由来の打楽器によるダンス音楽の伝統に「起源」があるとされるジャンルです。
19世紀からはモヂーニャのようにエリートに愛好される歌曲にもなっていきました。
モヂーニャとルンドゥーは19世紀以前から存在する「ブラジルポピュラー音楽」の「古層」としてセットで紹介されることが慣習となっています。

「私を断罪するその手にキスをする(Beijo a Mão que Me Condena)」:ジョゼ・マウリシオ・ヌネス・ガルシアによるモヂーニャ
出典:Musica Brasilis(2023, January 19). José Maurício Nunes Garcia (1767 – 1830) – Beijo a mão que me condena. YouTube. (2025年12月25日アクセス).
19世紀にヨーロッパの学者カール・フリードリヒ・フォン・マルティウスによって記録された作者不詳のインストゥルメンタルのルンドゥー :「ランドゥン(Landum)」※ルンドゥーはポルトガル語では「lundu」と書くのですが、記録者がドイツ人であったせいかこのような表記となっています。
Musica Brasilis(2012, August 17). Landum, anotado por Spix e von Martius (no Brasil entre 1817 e 1821). YouTube. (2025年12月25日アクセス).


2. 19世紀中頃に輸入された音楽:西洋の社交ダンス



第二のグループはポルカ、ワルツ、ショティッシュ、マズルカ、カドリーユ等の19世紀中頃にリオにやってきた西洋の社交ダンスです。
この中でも重要なのは二拍子の軽快なリズムを特徴としたポルカです。
1845年に初めてリオの舞台で上演されてからというもの、街中で大流行したことはショーロ史において頻繁に言及されるエピソードです。
ショーロはこれら社交ダンスの音楽を「ブラジル化」して演奏するスタイルとして始まったとされています。


画像②出典: Rio de Janeiro, capital of the Empire of Brazil. Photo taken from the morro do Castelo, c.1865, Wikimedia Commons, CC Public Domain Mark 1.0


ジョージ・ロイジンガーによる1865年のリオの写真

3. 19世紀終盤に生まれた音楽:タンゴ・ブラジレイロ、マシーシ



第三のグループはタンゴ・ブラジレイロ(日本語では「ブラジル風タンゴ」と訳されることが多い)とマシーシになります。
タンゴ・ブラジレイロはポルカ、ルンドゥー、そしてキューバのハバネラが混ざり合って生まれたジャンルと言われています。
タンゴ・ブラジレイロの作曲家として最も有名なのはエルネスト・ナザレーですが、エンヒーキ・アウヴェス・ヂ・メスキータ(1830-1906)がその先駆者として知られています。
 
マシーシは19世紀の終わりから20世紀初頭に流行したペアダンスで、こちらもポルカ、ルンドゥー、ハバネラから生まれたジャンルとされています。
男女が密着して行う「艶かしい」ダンスによって民衆の間で広まったことから、エリートたちからは疎まれていました。
 
このように書いてみると前者は「芸術音楽的」、後者は「民衆音楽的」な説明が付与されており、対照的な特徴を持っているように見えますが、ショーロ(すなわちインストゥルメンタル)として演奏される時、両者は非常に似通った音楽的特徴を示します。

これらの音楽は「ショーロ以前」というよりは、「ショーロの誕生」とほぼ同時期、1870年代頃に西洋の社交ダンスが「ブラジル」の音楽的土壌に受容された結果生まれたジャンルとされています。

「アリババ(Ali Babá)」:エンヒーキ・アウヴェス・ヂ・メスキータによるタンゴ・ブラジレイロ。

最初のタンゴ・ブラジレイロは「魅惑的な目(Olhos Matadores)」という曲だと言われていますが、楽譜が残っておらず、今やどんな曲だったのか知ることはできないそうです。
しかし、1872年に書かれた「アリババ」はショーロのレパートリーとして度々演奏されています。
GURI(2021, August 21). Ali Babá | Regional de Choro do Guri. YouTube. (2025年12月25日アクセス).
「コルタ・ジャカ (Corta-Jaca)」:シキーニャ・ゴンザーガによる最も有名なマシーシの一つ。
Gomes, Hercules (2018, May 6). Gaúcho – O corta-jaca (Chiquinha Gonzaga por Hercules Gomes) “No Tempo da Chiquinha”. YouTube. (2025年12月25日).

おわりに

このように、ポルトガル王室の亡命によって進行したブラジルの近代化を背景にリオで流行した「19世紀から続く音楽(モヂーニャ、ルンドゥー)」「19世紀中頃に輸入された音楽(西洋の社交ダンス)」「19世紀終盤に生まれた音楽(タンゴ・ブラジレイロ、マシーシ)」がショーロへとつながっていったと言われています。
こうした音楽は現代ではほとんどジャンルとしての独立性を失っており、ショーロの、あるいはブラジルのクラシック音楽のレパートリーとして演奏されるものになっています。

ここまで「ショーロ前史」にあたる時代の「定説」を紹介してきました。
しかし、こうした語りを「本当のショーロの歴史」として主張することは困難であることを「第0回」に引き続いて強調しておきたいと思います。
19世紀の音楽は史料も少ない上、「定説」には常に後世の論者のバイアスが反映されているからです。
例えば、前述のように、ルンドゥーは今では「アフリカ由来の音楽」、或いは「黒人音楽」として語られますが、こうしたイメージは18世紀の時点では存在しなかったことが指摘されています(むしろファンダンゴなどイベリア半島の音楽文化と関連があるそうです)。
ある音楽の特徴を社会のどのような要素と結びつけて語るのかは時代によって変化しているのです。
その意味で、いま普及している「ショーロ史」もまた絶対的なものとしてではなく、「今はこういう音楽として認識されているのだ」という前提で理解しておくことが大切だと思います。
次回は「ショーロの誕生」について解説していきます。

参考文献

Castagna, Paulo (2003). “A Modinha e o Lundu nos Séculos ⅩⅧ e ⅩⅨ”. Apostila do 
curso História da Música Brasileira, Instituto de Artes da UNESP. 未出版講義資料, Internet Archive. https://archive.org/details/ApostilasDoCursoDeHistriaDaMsicaBrasileiraIaunesp/Hmb-Apostila09/page/8/mode/2up  (2025年12月25日アクセス).
Cazes, Henrique (2021). Choro: do quintal ao municipal (5th ed). São Paulo. Editora 34. 
Diniz, André (2003). Almanaque do Choro: a história do chorinho, a história do chorinho, o que ouvir, o que ler, onde curtir. Rio de Janeiro. Jorge Zahar.
Livingston-Isenhour, Tamara Elena and Thomas George Caracas Garcia (2005). Choro: A 
Social History of a Brazilian Popular Music. Bloomington. Indiana University Press.
Sandroni, Carlos (2001). Feitiço Decente: transformação do samba no Rio de Janeiro (1917-1933). Rio de Janeiro. Jorge Zahar/UFRJ.
Severiano, Jairo (2022). Uma história da música popular brasileira. São Paulo. Editora 34.
金七紀男(2014). 『図説:ブラジルの歴史』. 河出書房.
田村梨花・三田千代子・拝野寿美子・渡会環共編 (2017). 『ブラジルの人と社会』. 上智大学出版.
著者不明(更新年不明). 1872 – Lançamento do primeiro tango brasileiro “Ali-Babá”, de Henrique Alves de Mesquita. Identidades do Rio. http://www.pensario.uff.br/texto/1872-lancamento-primeiro-tango-brasileiro-ali-baba-de-henrique-alves-de-mesquita (2025年12月25日アクセス)

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